2017年の山あげ祭は全町屋台パレード:那須烏山市

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全町屋台パレード:那須烏山市

2017年の那須烏山市の山あげ祭では、4年ぶりに「全町大屋台パレード」を開催します。

山あげ祭は輪番制となっており旧烏山町内の6つの町が交代で山あげ祭の当番をおこないます。
当番になった町はその年の夏の山あげ祭にむけて早くから準備を行います。道具の貸し借りは一切行いません。また、舞台や仕掛けにもそれぞれの特徴が存在し、各町で競い、お互いを高め合っています。

その山あげ祭の期間中には屋台パレードのイベントがあります。通常は6町全てが屋台(大屋台)を出すことはないのですが、2017年はユネスコ登録の記念もあり全ての町が揃ってパレードをおこないます。これは見逃せませんね。

山あげ祭開催日程情報

那須烏山市の観光案内

 

アクセスマップ

山あげ祭は烏山町内の複数箇所で開催されます。また屋台パレードは街中のルートを練り歩きます。




旧烏山町6町

泉町

最も北側に位置し、金刀毘羅神社がある。昔は赤坂町と呼ばれた。
彫刻師薄井貞良(茨城県常陸大宮市鷲子)等により明治41年(1908年)に制作された。昭和30年御拝の塗替修復が行われている。

鍛冶町

仲町より東側に位置し、和紙会館を含むことから、和紙貼り絵の山を制作することも。
明治34年(1901年)着工、彫刻師小林平エ門、彩色請負人山内定吉、塗師佐藤為義、大工井上卯吉等により、明治40年(1907年)に完成した。日露戦争の直前時の思想を取り入れたためか、少彦名命な日本国、大鷲はロシアに例えたものと言われている。

日野町

最も東側に位置し、明治35年(1902年)に鍜冶町から分離した全町内で一番新しい町。
明治40年(1907年)新造計画、大正元年(1912年)に、はりか造りの御拝飾り「牡丹に唐獅子」として着工し昭和5年に完成。昭和62年に御拝の一部改造が施され今の形となる。

元田町

最も西に位置し、那須烏山市役所や八雲神社のおひざ元。
制作者及び制作年代不明。飾り部分については、明治10年(1877年)完成、烏山出身、喜連川藩絵師牧野牧陵の作。他の飾りと異なり、はりか造りとなっている。

金井町

南側に位置し、一番町内が広い。山あげ会館や駅なども含まれる。
寛政8年(1769年)常陸国鷲子村薄井武衛門により制作される。東日本大震災の際に御拝の一部が破損し、約1年を掛けて修復をした。

仲町

文字通り町の中央に位置し、島崎酒造など伝統のある商店が立ち並ぶ。
彫刻師小林平衛門、塗師福村雅光により明治37年(1904年)に制作され、大正14年に御拝彫刻の塗替修復が行われている。

 

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