平泉・仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群

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世界遺産登録名称:平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群

場所:岩手県 西磐井郡 平泉町

登録年:2011.6.26

登録種別:文化遺産

世界遺産に登録されているのは、平安時代末期・奥州藤原氏が栄えた時代の寺院や遺跡群のうちの5件で、東北地方
では初の世界文化遺産となりました。
奥州藤原三代(初代・清衡、二代目・基衡、三代目・秀衡)が、平安時代の末期・約90年間に渡って繁栄を極めた
平泉には、金銀財宝を惜しみなくちりばめられた寺院や邸宅がありました。すべてが黄金色に輝く中尊寺金色堂の
噂は世界中に広まり、後にマルコ・ポーロの「東方見聞録」に記されることとなり、日本が「黄金の国・ジパング」
と呼ばれる由来になったといわれています。
その中尊寺金色堂は、平安美術の粋を尽くしたもので、本家の京都が失ったものが東北の地で現存していると言えます。
黄金の輝きはその後も失われることなく、300年以上昔、俳人・松尾芭蕉が「五月雨の 降り残してや 光堂」
と賛美したほど、現代まで受け継がれ、語り継がれています。
当時の東北地方は日本一の産金地でもあり、金は北方との交易で得た毛皮などとともに京都との商取引に利用されていました。

登録理由としては、
(1)仏教思想や庭園造りといった外来の概念が、日本固有の習俗や自然観と結びつき、「浄土式庭園(建造物群、
池、橋などを浄土に見立ててしつらえ、浄土を視覚的・体感的に認識させようとする様式)」という独自の建築様式の
発展へとつながった点などが、登録基準のひとつ「ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、
記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの」に該当していること

(2)奥州藤原氏・初代・清衡による「中尊寺建立供養願文」にみられるように、敵味方全ての戦乱の犠牲者たちや、
生きとし生けるものすべてを浄土(仏の住む世界)に導きたいと願い中尊寺を建立したことなどが、
仏教が普及する過程での地域的受容の一形態の例証となっている点が、登録基準のひとつである「顕著で普遍的な
意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文学的作品と直接にまたは明白に関連するもの
(この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと世界遺産委員会は考えている)」に該当していること
があげられます。

一度は登録が延期され、二度目のチャレンジで世界遺産登録が実現した平泉。
その理由は対象資産を絞り込んで浄土思想をより分かりやすく説明したことで、その価値を理解してもらえたことによります。
清衡の「中尊寺建立供養願文」に込められた平和への思いや、現世に浄土を創り出そうとした例は平泉以外にほとんどないことも
評価されたとのことです。また、登録延期から3年という短い期間での再チャレンジも各国委員から高く評価されました。
2011.3.11の東日本大震災から3ヵ月後の世界遺産登録は、この地位にとっては復興への勇気を与えてくれるものとなりました。

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