姫路城

栃木県の花火大会/日光の紅葉/栃木県の道の駅

世界遺産登録名称:姫路城

場所:兵庫県 姫路市

登録年:1993年

登録種別:文化遺産

兵庫県の南西部にある「姫路城(ひめじじょう)」は、その白く美しい白壁の広がりと立ち並ぶ天守群が、まるで天を舞う
白鷺のように見えることから、別名白鷺城(はくろじょう)とも呼ばれる大変美しいお城です。
このお城は安土桃山時代から江戸時代初期にかけても建築技術の粋を極めた傑作といわれ、奈良県の法隆寺とともに日本初の
世界遺産に指定されました。

世界遺産に登録されているのは、姫路城中曲輪より内側となっておりその面積は107ヘクタールです。その周囲143ヘクタールが
緩衝地帯として登録されています。

登録理由としては、

(1)姫路城は、世界中で見られる他の城郭と異なり、城内の濠や石垣を除く主要な建造物が木造であり、その建築様式や意匠は
世界で他に類をみない貴重なものといえること。そして設計技術と装飾美において、木造城郭建築の最高峰に位置付けられ、
人類の創造的才能を表す傑作であることが、登録基準のひとつである「人類の創造的才能を表現する傑作」に該当していること。
(2)姫路城は、天守群を中心に櫓・門・土塀等の建造物、石垣、濠等の土木工作物を良好に保存しており、防御に工夫した
日本独自の城郭の構成を最もよく示した城といえること。さらに姫路城がつくられた17世紀初頭は、大名達が自らの権力を誇示する
ために大規模な城郭を競って築いたが、姫路城は現存する最大の城郭建築であり、その壮麗な意匠は、その時代の特質をよくあらわしており、
この時代の日本文化を理解する上で貴重な建築物群であることが、登録基準のひとつである「人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、
建築物群、技術の集積または景観の優れた例」に該当していること。

があげられます。

姫路城は、元々は1346年に造られた小さな山城でした。その後、羽柴(後の豊臣)秀吉が毛利攻めの拠点とするために1580年(天正8年)
3層の天守閣をもつ城郭に改修、その20年後に取り壊され、関が原の戦いの翌年である1601年(慶長6年)から、池田輝政
(徳川家康の次女督姫の夫)により8年ものの歳月をかけ、現在見られるような5層7階の大天守をもつ現在の城が築かれました。
その天守群は、大天守と渡櫓(わたりやぐら)で結ばれた、3つの小天守からなる連立式天守で、これは日本で唯一のものとなっています。

姫路城はその長い歴史の中で奇跡的に戦いや火災に巻き込まれず、明治以降は新政府によって各地の城郭が取り壊される中、
姫路城城内に建設された陸軍師団司令部の中村重遠大佐らにより「姫路城を永久保存するための修理をすべき」との意見書が出され、
これにより1879年(明治12)に姫路城の保存が決定しました。この中村大佐を讃える碑が「菱の門」の近くに建てられています。

昭和以降は1929年(昭和4年)に国の史跡に、1931年(昭和6年)には国宝に指定され、終戦間際の空襲もまた奇跡的に免れ、
後の昭和の大修理(昭和31年~39年)を経て、築城当時のような元の美しい姿に復元されました。

姫路城には数々の伝説や物語が残っており、聡明で美しい姫といわれた徳川家康の孫娘である千姫の物語や、宮本武蔵の妖怪退治、
播州皿屋敷お菊井戸など、その建築以外にも多くの物語の舞台として魅力のあるお城となっています。

 

HOMEに戻る

 

スポンサードリンク




写真素材フォトライブラリー

宇都宮観光

▶ツイッター

FaceBook

▶パソコン買取

小河原産業株式会社
宇都宮市のエクステリア工事

trivago
キーワードで検索
アーカイブ