原爆ドーム

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世界遺産登録名称:原爆ドーム

場所:広島県 広島市

登録年:1996年

登録種別:文化遺産

原爆ドームは、1945年(昭和20年)8月6日、米軍のB29爆撃機が広島に人類史上初めて原子爆弾を投下したことにより、
爆心地から半径約2km圏のほとんどの建物は全壊・全焼、同年12月末までに約14万人が亡くなるという未曾有の大惨事となりました。
爆心地から約160mの至近距離にあった広島県産業推奨館は、建物の屋根や床が破壊されましたが、その壁の一部とドームの
鉄骨部分だけが奇跡的に残り、いつしか広島市民によって「原爆ドーム」と呼ばれるようになりました。

世界遺産に登録されているのは、広島市にある原爆ドーム(旧広島県産業奨励館)で、登録地域の面積は、構成資産0.4ヘクタール、
それを保護する緩衝地帯 43ヘクタールとなっています。

原爆ドームを世界遺産に登録するにあたり、まずアメリカは「戦争関連施設は遺産リストに含めるべきでない」
として不支持を表明しましたし、中国は「第二次世界大戦での日本の戦争責任」に触れ、賛否を保留としました。

それでも原爆ドームは、「核兵器廃絶と人類の平和を求める誓いのシンボル」であり、後世に引き継ぐべき、歴史の証人としての
価値が評価され、登録がなされました。
人類にとっては「負の遺産」ではありますが、戦争・核兵器の悲惨さを世に伝える貴重な建造物であり、平和へのメッセージを発信し続けています。

登録理由としては、核兵器による惨状をそのままの形で今に伝える世界で唯一の建造物であり、核兵器廃絶と恒久平和の大切さを
訴える他に例をみない平和記念碑であることが、登録基準のひとつである「顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、
思想、信仰または芸術的、文学的作品と直接にまたは明白に関連するもの(この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと
世界遺産委員会は考えている)」に該当していることがあげられます。

原爆ドームは、1966年(昭和41年)、平和団体の要請を受けた広島市議会が、原爆ドームの保存を決議した後、
広島市民をはじめとする内外からの募金で保存工事が行われ、1989年(平成元年)にも全国からの募金で第二次保存工事が行われ、
当時の姿のまま保存されてきました。

このように、破壊された建物を永久にその状態のまま保存する、という遺跡は、世界的にほとんど例がないものです。
ただ放置していたのでは風化による崩壊をまぬがれず、風化を食い止めその状態を保つには定期的な保存工事が欠かせません。
世界の恒久平和を願う歴史的モニュメントをなんとか後世に残したいという人々の熱い思いが、保存工事を支えているのです。

通常の登録とは異なり、ひとつの基準のみの適用で登録されたのは例外的なケースですが、比較的歴史の浅いこのような「負の世界遺産」
にはしばしば見られることとなっています。

「負の世界遺産」とは、 人類の「負」の行為を記憶にとどめるため、その役割をはたす遺産の総称です。
世界遺産条約で定義されているものではありませんが、登録されている世界遺産の中から、人類の「負」の行為を記憶にとどめる遺産を
「負の世界遺産」というくくりとしています。

このほかにある「負の遺産」としては、黒人奴隷の貿易拠点になったセネガル共和国の「ゴレ島」(1978年登録)、第二次世界大戦中
ユダヤ人が大量虐殺されたポーランド共和国の「アウシュビッツ収容所」(1979年登録)、冷戦時代にアメリカの核実験が繰り返された
「マーシャル諸島共和国のビキニ環礁」(2010年登録)などがあります。

これらの「負の遺産」を目にするとき、私たち人類は二度とこのような悲劇を起こさないためにどうするべきか、深く考えさせられます。

 

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